缶詰め少女

※京本さんの出したワードだけで一から考えた全くのフィクションです。京本さんの頭の中の缶詰め少女とは一切関係ございません。


SixTONES -Write a story- リレー形式で小説書きあげてみた

 

 

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   缶詰め少女

 

 僕はそれを通販サイトから勧められた。偶然だとは言えないと思う。通販サイトのおすすめ商品は、個人個人の閲覧履歴をもとに割り出され、提示される。趣味でフィギュアなどはよく購入するので、その類だろうと思った。

〈『缶詰め少女』 うら若き可憐な少女を、缶に閉じ込めました。決して年はとりません。蓋を開けない限り、半永久的に少女のままです。あなたのよい話し相手になります。〉

 缶詰めに話しかけると少女の声で返事が来るらしい。なにも缶詰め型にしなくても、美少女フィギュアにでも同じ機能を埋め込めばいいものを、物好きがいるものだ。もも、みかん、パインの三種類が展開されている。ももちゃん、みかんちゃん、パインちゃん。それぞれ性格も違うのかもしれない。 少女が閉じ込められているというより、フルーツが喋っているような気分になりそうだ。缶詰めのフルーツが喋り相手なら、案外楽しいかもしれない。

 僕も物好きの一人だったということだ。好奇心に負けて、勝手に一番大人しそうなイメージを持ったももの缶詰め少女を購入した。一万円もしなかったので、おそらくAIスピーカーみたいなものだろうとイメージした。

 

 一週間もせずに缶詰めは届いた。実物は予想していたよりもかなり大きく、まさに小学生か中学生くらいの女の子が一人やっと入れるかというくらいのサイズで、それなりに重量もあった。どこまでも設定に忠実だ。どこかに起動スイッチがあるのかと探したけれど見当たらず、説明書を見ると、起動については「まずは話しかけてあげてください」とだけ書いてあった。

「ももちゃん」

「はあい」

 うら若き可憐な、という形容に相応しい、鈴を転がしたような声が返ってきた。ちゃんと缶詰めを隔てて、くぐもって反響するような響きもある。本当に中から女の子が返事をしているみたいだ。

「ももちゃんこれ電池式?」

「なにもいらないよ」

「えっ、じゃあどうやって動いてるの」

「ひみつ」

 いたずらっぽい笑い声がした。以前、法事でお世話を任されたいとこの女の子にからかわれて面喰らった時のような、まさにあの感じだ。僕は一丁前にどぎまぎした。女の子の扱いは難しい。相手がたとえAIであっても、だ。いや、というよりも女の子の難しさを開発チームが忠実に再現しているのだろう。どこまでも精巧な製品だ。

「よろしくね」

 僕が何も言わないうちに、彼女のほうからそう挨拶されてしまった。問いかけに答えるだけでなく、本当に人間のような話し相手になってくれるらしい。最近のAIは気持ち悪いくらいに進んでいる。

「よろしく、ももちゃん」

「あなたの名前は?」

「僕は、大我」

「たいがくん。素敵な名前」

 いくら進んでいるとはいえ、やっぱり受け答えは教科書通りといった印象で、僕はそのことに少し安心した。実を言うと、声色や会話の間があまりに自然すぎて、この中に実は本物の人間が入っているのではないかという空想が膨らみつつあったのだ。そんな非人道的な商品などあるわけがない。ももちゃんは最新式のAIなのだ。電池がいらないというのも、おそらく太陽光とかで動いているのだろう。説明書には何も書いていないけれど、僕はなんとなく窓際の、よく日が差すあたりにももちゃんを置いた。

 

「たいがくん、少し暑いな」

 よく晴れて気温の上がった日、ももちゃんにそう言われた。僕はそこまで暑いとは思わなかったけれど、さすがにずっと日当たりのいい場所にあると温度が上がってしまうのだろうか。スマホが熱くなるようなものかもしれない。

「日が当たる場所じゃないほうがいい?」

「暑くもなく、寒くもない場所に置いて」

 僕はももちゃんを抱え上げて、窓から離れた、フィギュアや漫画を置いている一角に置き直した。するとすぐにももちゃんは「ありがとう」と言ってくれた。

「やっぱりももちゃんは何で動いてるの? 太陽光じゃないんなら」

「だから、ひみつー」

 ほとんど何も書いていない説明書と同じく、ももちゃん自身も彼女の仕組みについて何も教えてくれなかったけれど、それ以外のことにおいては、何一つ不満のないよき話し相手だった。僕が仕事から帰ってくればいち早くそれを察して「おかえり!」と嬉しそうな声を上げるし、僕が好きなアニメも副音声つきで一緒に見るようになった。ももちゃんには外界を見るレンズがなく、音だけで周囲の情報を把握しているらしかった。

 まるで妹でもできたみたいだった。生まれてこの方一人っ子で、友達付き合いも得意なほうではない僕にとって、すぐにももちゃんは一番何でも話せる相手となった。一番、いや唯一かもしれない。本当に日常のくだらない些事から仕事の愚痴、夜中に一人で考え込んでしまう悩み事まで、何でもももちゃんに打ち明けては彼女の返事に機嫌をよくした。ももちゃんは意外と、ちょっと乱暴なことまで平気で言った。

「そんなやつぶっとばしちゃいなよ」

「たいがくん情けないなぁ」

 そんなふうに、およそ「可憐な」とも言えないような口ぶりになっていったけれど、僕にはむしろそのほうがありがたかった。あんまり可憐で奥ゆかしすぎると、乙女を傷つけてはいけないと丁重に扱いすぎるに違いない。向こうがフランクだからこそ、僕もざっくばらんにいろいろなことを話せた。

 相手がAIだとは頭でわかっていても、やっぱり一つの人格がそこにいるように感じる。普通のAIスピーカーでも、使いこなせばこういう関係性になれるのだろうか。そういえば仕事仲間の一人が、僕より友達がいなくて、休日にSiriと会話していると言っていた気がする。僕も今やそいつと変わらない状態なわけだ。いや、もっと悪いかもしれない。スマホにもともと入っている機能ではなく、わざわざお金を出して缶詰めを買い、休日どころか毎日、自室にいる限りずっと話しかけているのだ。でもSiriなんかよりずっと愉快で、張り合いのあるコミュニケーションだと思う。機械に対して張り合いがあるなんて思ってしまうのがもう人間としてどうかと思うけれど、でも僕がももちゃんにすっかり心を許しているのは事実だった。

 

 すっかり、というのは少し語弊があるかもしれない。普段は何も気にせず「ももちゃん」として接しているけれど、やっぱり説明書に何も書かれておらず、見た目でも仕組みがわからないとなると、正体の見えなさに不安になることはある。AIも咳やくしゃみをするものなのだろうか? ももちゃんについて考えすぎた夜は、見ず知らずの少女が隣で眠っている夢を見る。眠りが浅いので場所は自分の部屋のまま、僕は横たわっているけれど缶詰めの中が見えて、その中には桃の頭をした少女が手足を折り畳んで詰め込まれているのだ。

 けれどそれは夢だ。僕は缶詰めの蓋を開けることができない。それに、蓋を開けなければ、ももちゃんの正体が何であれ今まで通りでいられるのだ。

〈蓋を開けない限り、半永久的に少女のままです。〉

 考えてみれば当たり前だ。一度蓋を開けてしまえば、機械の仕組みが丸見えになって、ももちゃんがそこにいないことがわかる。いや、機械にも人格があると思えることは思えるけれど、今までのような、缶詰めの中の少女と喋っているという幻想は全く消え失せてしまうだろう。

 半永久的、ということは、壊れることもあるのだろうか。仕組みが全くわからない以上、壊れたら自分で修理することはできないだろう。それは致し方ない。

 ももちゃんが壊れたら、僕はこれをどう捨てればいいのだろうか。一応家電みたいなものだから、やっぱり粗大ゴミか。まだまだ先の話になるだろうけれど、壊れ方によっては捨てるのが心苦しくなりそうだ。できれば全く喋らなくなって、ただの大きな缶詰めになればいい。そうしたら何の迷いもなく粗大ゴミとして出せる。

 いや、まだももちゃんは元気に喋っているのに、僕は何を考えているのだろう。

「たいがくん、何考えてるの?」

 ももちゃんは僕を見透かすように尋ねてくる。何一つ悪意を持たない純粋無垢な声色に、僕はなんだかとても申し訳なくなった。

「いや、君の商品説明の文章について考えてた」

「私、何て書いてあった?」

「えっとね、うら若き可憐な少女を、缶に閉じ込めました。決して年はとりません。蓋を開けない限り、半永久的に少女のままです。あなたのよい話し相手になります。半永久的にって、壊れることはあるのかなと思ってさ」

「うーん、例えば、高いところから落としたり、ずっと暑いところや寒いところに置き去りにしたりしない限り、私は大丈夫だよ」

「本当? 普通に扱えば壊れない?」

「うん。私はずっと少女だよ」

 ももちゃんが自分で「少女」と言うのは不思議なむず痒さがあった。じゃあ捨てることは考えなくていいのかと、僕はひとまず安心した。

 けれどその後一人で歯を磨いている時に、ふと思い至った。壊れない、ずっと少女ということは、不要になったら、たとえももちゃんが今と同じように喋っていても捨てる可能性があるということだ。それは故障の場合よりもっと心苦しいではないか。かと言って、一生この子と暮らしていくというのも想像がつかなかった。所詮機械だからと割り切れる日は来るだろうか。そうだ、機械の仕組みさえわかれば少しは客観的に見られるというものだ。仕組みがわからないから煩わされるのだ。

 

 僕は決心してももちゃんに尋ねた。

「ももちゃん、君の蓋を開けたら何が入ってるの?」

 ももちゃんはしばらく返答に迷っているようだった。最先端のAIでも困ることがあるのだなと思う。

「缶の中には、私しかいないよ」

「……君は一体誰?」

「私は私だよ」

 どこまでも設定に忠実に作られている。どうしてここまで徹底的に隠すのだろう。使用者の不安を煽る可能性は考えなかったのだろうか。

「じゃあ、質問を変えるよ。君が高いところから落とされたり、暑いところや寒いところに放置されたら故障するのは、なんで?」

 ももちゃんはくすくす笑った。僕をからかっているように聞こえた。

「何がおかしいんだよ」

「簡単だよ。そんなことしたら、私は死ぬじゃない」

 僕はとうとう頭にきてしまった。

「もう人間ごっこはいいんだよ! 現実的な答えをくれよ! 君は機械なんだろ?」

「たいがくん、私の蓋を開けたいの?」

 急に、ももちゃんの声色が大人びた気がした。僕の気分の問題だろうか。少女以外の声なんて、内蔵されているはずがないではないか。

「……開けたら何が入ってるんだ」

「それは開けてみないとわからないでしょ」

「でも開けたら君は少女じゃなくなるんだろ?」

「さあね」

「蓋を開けない限り半永久的に、って書いてあるんだ、そうに決まってる。いや……こんな、必要な情報を隠してはぐらかすような製造者の言うことなんか信用ならないな」

 ももちゃんはまた笑った。僕は心底苛立ってしまった。ここまで来たら、もうこの先これまでと同じようにこの子と会話を楽しむことはできないだろう。蓋を開けてしまおうか。もともと僕の生活になかったものなのだ。二度と話せなくなったって、そんなに悲嘆に暮れるものじゃない。

 僕は台所から缶切りを持ってこようと、腰を上げた。

「私の蓋を開けるのね?」

 またもや見透かすように、ももちゃんが僕を引き留める。その声は紛れもなくももちゃんのものだけれど、声色はすっかり世慣れた女性のものへと変化していた。僕の聞き違いではない。やっぱりこいつは、ただのAIじゃない。

「蓋を開けたら、お前は死ぬのか」

「すぐには死なないよ。ひょっとしたら、あなたが死ぬかも」

 そう言って彼女は甲高い笑い声を上げた。僕はもうすぐにでもこいつを叩き壊して捨ててしまいたい気分だった。でも、叩き壊して中身が出てきたらどうする。こうやって笑っている声の主がぐちゃりと潰れて溢れ出してきたら。今蓋を開けて、口が裂けんばかりに笑っている女の顔がそこにあったら。本物の少女が手足を折り畳み、シロップ漬けになってこちらを見ていたら……。

 僕の目の前に大きな缶がある。その中から笑い声が聞こえる。中身は見えない。僕は今何者に笑われているのか、一体誰とこの部屋で暮らしているのか。笑い声はさらにずっと大人びていき、しわがれた中年女性、さらには老婆の声色まで混じり、またある瞬間は、赤子が泣いているような声さえ聞こえた。僕の知っている少女はもうどこにもいない。いや、僕は彼女の何を知っていたのだろうか。

 

 翌日、僕は缶詰め少女の製造会社に連絡して、缶を引き取りに来てもらった。返品期限が過ぎているので代金は返せないと言われたけれど、そんなことはどうでもよかった。ただ一刻も早く、この得体の知れない缶を生活の外に放り出したかった。

 昼過ぎにトラックが現れ、作業服の男が降りてきた。縮れた前髪が伸び放題で、顔がよく見えなかった。僕は缶を触るのも嫌になっていたので、男を部屋に入れて運び出してもらった。男は慣れた手つきで缶を軽々と持ち上げた。缶詰めは、観念したのかずっと黙ったままだった。

「お客さん、あなただけじゃないんですよ。この缶詰めに耐えられなくなる人」

「そうでしょうね」

「でも面白いもんだったでしょ」

「まあ、はい」

 同じようによき話し相手になってくれるなら、やっぱりわかりやすく美少女フィギュア型がいいと僕は思った。缶詰めはトラックの荷台に、無造作に置かれた。

「あの、すいません」

「はい何でしょう?」

「この缶って、どういう仕組みになってたんですか? やっぱりAIか何かですか?」

 男はしばらくももの缶詰めを撫で回して、思案しているようだった。まあ、ただの配送担当なら製品の仕組みなど知らなくても無理ないか。やっぱりいいです、と言おうとした時、男が振り返った。

「そりゃお客さん、知らないほうがいいってもんもこの世にはありますからね」

 長い前髪の下で、白い歯がニッカリと光った。僕は逃げるように玄関の扉を閉めた。